東京高等裁判所 昭和33年(う)2022号 判決
被告人 横田俊三
〔抄 録〕
原判決書によれば、原判決は、その理由において、被告人及び原審相被告人鈴木内の罪となるべき事実として、
「第一、被告人横田俊三は昭和二十五年九月初旬頃、静岡県伊東市五百九十三番地の四所在木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建居宅一棟建坪四十坪三分、二階坪二十五坪付属木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建浴室一棟建坪三坪を同市湯川所在の土地建物仲介業株式会社津の国屋より買受けたが、右居宅には関野良作が、右株式会社津の国屋に右居宅を売渡した永井貞雄の前所有者に当るその父永井泰蔵から昭和二十三年六月十四日成立の申立人永井泰蔵、相手方関野良作外六名間の熱海簡易裁判所昭和二十三年(ユ)第二十八号借地借家調停申立事件の調停調書により昭和二十三年六月より昭和二十七年五月三十一日まで賃料一ケ月金二百五十円等の約定にて右関野良作等がこれに居住していたので、被告人横田俊三は右居宅の賃借人関野良作に対する賃貸人となつたものであり、右居宅の明渡につき被告人横田俊三と右関野良作との間、又は被告人横田俊三に右居宅を売却した右株式会社津の国屋の使用人である上田朝夫と右関野良作との間等に種々交渉が重ねられた結果右居宅中階下三部屋、湯殿等は明渡を受けたが、残余の部分(以下この部分を本件居宅と略称する)については、右関野良作の了解を得られず、その早急の明渡は見込みのない状態にあつたところ、
(1) 被告人横田俊三及び同鈴木内は共謀の上本件居宅の修繕に藉口してこれを明渡させようと企て、大工職である鈴木内において、昭和二十六年十一月三十日から同年十二月五日までの間連日単一の意思のもとに右関野良作の拒否するにかかわらず本件居宅内に侵入し、階下及び二階の各部屋の床板及び板壁の殆んど全部に亘り取外し、以て故なく人の住居に侵入して被告人横田俊三の賃貸した同被告人所有の建造物を損壊し、
(2) 前記の如く被告人横田俊三及び同鈴木内が本件居宅に対し住居侵入建造物損壊をなしたことに起因し、右関野良作の申請により静岡地方裁判所沼津支部昭和二十五年(ヨ)第一六七号仮処分決定の正本に基ずき執行吏江村俊次により被申請人である被告人横田俊三は本件居宅建物内に立入つてはならない旨の仮処分を受けるにいたり、右の侵入損壊行為を中止せざるを得なかつたので、被告人横田俊三及び同鈴木内は右上田朝夫と共謀の上、右仮処分が被告人横田俊三に対するものであるのに乗じ、右仮処分の被申請人外である右株式会社津の国屋が工事をなすものの如く装いその修繕工事に藉口して、被告人鈴木内において昭和二十六年十二月下旬頃五日間に亘り連日単一の意思のもとに本件居宅内に右関野良作の意に反して侵入し、その東側、裏側のハメ板殆んど全部を取外し、以つて故なく人の住居に侵入して被告人横田俊三の賃貸した同被告人所有の建造物を損壊し、
第二、被告人横田俊三は同年十月下旬頃、右関野良作方の隣家である同市松原五百九十三番地の一伊東清之助に対し右関野良作居宅裏側敷地は被告人横田俊三の借地である旨主張して同地上にある右伊東清之助所有の木造トタン葺平家建物置一棟建坪約一坪の撤去方を要求したがこれを拒否されるや被告人横田俊三及び同鈴木は共謀の上被告人鈴木内において全部これを取毀し、以つて他人の所有する建造物を損壊し、
第三、被告人横田俊三は第一記載の居宅と共に前記隣家伊東清之助方宅地内にある温泉源泉につき権利五分の一の所有権を取得したのであるが、その引湯設備等の権利がないものとして右温泉の引湯設備を管理する右伊東清之助より右温泉の使用を拒否されているのに憤慨し、野村不二雄と共謀の上、右引湯設備のある右伊東清之助方宅地内に入つて自ら引湯しようと企て、同年九月十日午後四時半頃鋸をもつて右伊東清之助方宅地出入口に設備して閉鎖してあつた右伊東清之助所有の幅二尺八寸五分高さ四尺三寸五分にして一寸二分と一寸四分の角の横木四本に板のうちつけてある木製木戸の横木中の最上段の一本はこれを全く切断し、上から次の一本はこれを約半分切断し、以つて右木戸を損壊し
たものである。」
との有罪事実を認定判示しているところ、これに対して弁護人の所論は、本件起訴にかかる被告人横田俊三に対する住居侵入、建造物損壊、器物損壊等の犯罪は、いずれも成立せず、同被告人は無罪であるから、原判決には、事実の誤認があつてその誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかである旨を主張し、その理由として、
(イ) 被告人は、故なく人の住居に侵入した事実がない。即ち、被告人所有の原判示家屋内における関野良作の賃借占有部分は、玄関側の階下二部屋に過ぎず、同人としては、自己の占有する右二部屋以外に他人が立ち入るとも、自己固有の権利としては直接これを拒否する権能がないものと解し得べく、況んや所有者が立ち入る場合の如きは、なお更当然のことである。しかして、被告人は、右関野の意に反して同人の占有する前示二部屋のいずれにも侵入した事実はない。
(ロ) 被告人の本件建造物損壊罪は成立しない。即ち、物の所有者が、その物につき物権を負担し、あるいは差押を受け、又は賃貸していない部分を修繕し、あるいはこれが取毀しをなすも全く自由であつて、決して何人の承諾をも要するものではない。しかして、本件における被告人の修繕部分がすべて関野良作の賃借部分であると断ずべき根拠はないのである。昭和二五年九月、本件全家屋が被告人の所有に帰してから、被告人と賃借人代表関野間、株式会社津の国屋と関野との間に交渉が重ねられた結果、他の居住者は、全部被告人に対し明渡をなし、ただ関野がその占有にかかる階下玄関側二室、及び吉野はるが二階の一室に残つたけれども、これも早急に明渡すべき旨の示談が成立したものであつて、立退料増額の問題が決定しないため、明渡日が未解決中であつたに止るものである。ただ関野が占有中の二部屋の外部を修繕のため羽目板を取り外し、改装の準備に取りかかつた事実については、疑の在するところであるが、刑法犯は、原則として行為者の違法の認識を必要としているところ、被告人としては、さきに隣組集会の際、関野の占有している室の修繕につき、同人の快諾を得てあり、工事中も、改めて拒否の事実もなかつたので、この部分の修繕をしたのであつて、何ら不法の意思に基いてなしたものではないから、この点に関する建造物損壊罪は成立しないものと信ずる。又、原判示第二の伊東清之助所有の物置一棟は、どこにも存在しない。原判決が右伊東所有の物置と判示している物は、おそらくは、被告人が前所有者津の国屋より買い受けた建坪三坪の浴室に差し掛けた四尺に六尺の部分を指すものと思われるが、右の部分は、右三坪の建物母屋(本件全家屋)と共に被告人の買い受けたものであつて、従つて、被告人が原判示のように右伊東に対しその撤去方を要求するはずがなく、また要求した事実もないのである。それ故、被告人がこれを取り毀した行為は、建造物損壊罪を構成しない。
(ハ) 原判示第三の木製木戸は、伊東清之助宅地と被告人所有宅地と双方に通ずる木戸であつて、決して伊東清之助単独の所有物ではなく、古くより共用のものである。しかるに、右伊東は、被告人に温泉源泉よりの引湯権五分の一の権利があることを知り、もし、この五分の一の引湯権を行使してこれを実施されるときは、従来勝手に全部の引湯を得て旅館用に供していた湯量が著しく減退するのをおそれ、不法にも、右共用に属する開扉自由の木戸を共有者たる被告人の承諾は勿論、一片の通知もなくしてこれを全部釘付けとして閉鎖してしまつたため、被告人は、本件全家屋並びにその敷地を買い受けた意義がなくなつたので、事故なきを保証して売り渡した津の国屋代表沢井兵次郎に談判したところ、同人も大いに立腹し、その使用人野村不二雄に命じて、その木戸を開通せしめたものであつて、その行為は、正に緊急避難行為とみるべきを至当とする。なお、その際における木戸の損壊行為には、被告人は全然関知しないものであるから、被告人に関する限り器物損壊罪は成立しない。
ものである旨を主張する。よつて案ずるに、原判決の判示各事実は、右所論の諸点をも含めてすべてその挙示する各関係証拠によつてこれを肯認するに十分であつて、所論が反証として挙げている証拠のうち原審の認定に牴触する部分は、原判決援用の関係証拠と対照して検討するときは、いずれもたやすく措信しがたく、爾余の証拠によつては、未だ所論の前示各主張を認めて原審の認定を動かすに足りないのである。所論は、被告人が本件家屋中原判示関野良作の占有する二室の外部羽目板を取り外した所為については、被告人に違法の認識がなかつたものであるから、建造物損壊罪は成立しない旨主張するけれども、自然犯たると行政犯たるとを問わず、犯意の成立には、違法の認識を必要としないことは、つとに最高裁判所判例の示すところであつて、原判決挙示の関係証拠によれば、被告人は、前示関野の占有にかかる部分の外部羽目板を取り外すについても、原審認定のような建造物損壊罪の構成要件たる具体的事実については認識のあつたことが明らかであるから、同罪の成立を免れないものといわなければならない。
(中西 山田 鈴木)